知らない人より、知っている人に気をつけよう




子どもがいる親としては、子どもの登下校時等、一人で外出するのって心配ですよね。交通事故に遇わないか、知らない人についていかないか。

よく目にするのが防犯パトロールや見守り運動。大人が子どもをできる限り見守ろうって活動ですね。でも、それって子どもの安全を守るのに有効な方法なのかな。

まず押さえておきたい事実は
①子どもが「いってきまーす」といって家を出る時、一番心配した方が良いのは交通事故だということ。誘拐殺人事件に巻き込まれるより、交通事故で死亡する確率の方が何十倍も高い。

②子どもが不審者に襲われて殺されるより、親や身近な大人による虐待で殺される確率の方がはるかに高い。子どもは、知らない人よりも知っている人からはるかに暴力を受けやすい。

という2点。

見守り運動って交通事故から子どもを守るためなら有効だと思うのですが、「不審者から子どもを守る」というのは「子どもは知っている人から暴力を受けやすい」という事実に対して有効な策とはいえないんじゃないかな。

そもそも子どもの安全のためとはいえ、大人にそれだけ見守られてしまうのは、子どもにとっては不幸なんじゃないかな?

だって子どもは大人のいないところで、子どもだけの世界で遊ぶのが好きだし、大人の目の届かないところで成長していく部分って大きいと思うんだ。

見守りも行き過ぎると「監視」になってしまうから、そこは気をつけた方がいいよ。

ではどうするのか?

地震や火事に防災訓練があるのと同じで誘拐にも予防訓練が学校であったら良いと思いませんか?

子どもに知らない人に会ったときの対応の仕方を教えておくことだ。名前や家を教えない、距離の取り方、捕まれた時に逃げる方法。知識も大切。知らない人よりも、知っている人に気をつけるんだよ、とか。

それがCAPプログラムなんです。CAPは誘拐だけでなく、いじめや痴漢にあったとき、あいそうな時にどうしたら良いか、というあらゆる暴力に対する予防教育プログラムです。

例えばいじめはTVや友達や兄弟の話や、実際に自分が体験したりして、凄く身近にあるものなのに、誰もいじめへの対策について教えてくれない。その結果子ども達はいじめに対して漠然とした不安を抱えながら生きていくことになります。例えば誘拐については「知らない人には気をつけよう」とは言われるけど、どう気をつけるか、知らない人はどんな風に近づいてくるのか、手を掴まれたら、口を塞がれたら、等の具体的なことまでは誰も教えてもらえません。

更に言えば「知らない人には気をつけよう」という言葉が強調されてしまう社会はマイノリティーに対する偏見を子どもの時から植え付けているようなものでもあります。何も悪いことをしていない知的障がい者やトランスジェンダー(性同一性障害)等、少数派の方達にとって、それは住みやすい世の中でしょうか?

特徴として従来の「~してはいけません」ではなく、「~することができるよ」と子どもを勇気づけ、自信を与えていく点が挙げられます。

僕は中学校までの全ての学校にCAP導入した方が良い思っている




コメントを残す