育児で意識しているというか無意識でやっていることは
「選ばせる」という点。

障害児支援の仕事をしていた時に学んだことの一つです。選べない環境にいると、利用者はパニックになったり自傷したりという問題行動に繋がることがあるんです。言葉で伝える術がない彼らは、気持ちが無視され選ぶ機会を奪われる場面が多いんです。お昼ご飯一つにしたって、文字で書かれたメニューじゃわからない。言葉で説明されてもわからない。写真だったら指さしで選べるのに、みたいな。

指さしで選んで自分の望んだものをゲットするという成功体験を積めば、暴れたり自傷する必要ないわけです。
以前福祉の現場において弾き語りを楽しむという記事を書きました。

福祉現場における弾き語りを支援に昇華させるひと工夫

これも音楽の時間をただ音楽を楽しむ時間で終わらせるのではなく、「自分の意志が伝わった」という成功体験に繋げたかったからなんですよ。

選べることの大切さって障害の有無に関係なく、一般論でも当てはまりますよね。大人だって子どもだって、自分で選べた方が人生楽しいじゃないですか。

たとえ失敗しても自分で選んだ結果ならば、受け入れやすいし、そこから学びがある。
CAPでも自由っていうのは「選ぶことができる」と定義しているくらい、選べるということは大事なんです。

僕はこんな感じに選ぶ機会を作ってますよ。

「今日は階段とエレベーター、どっちがいい?」(小さなことでもを選ぶ機会を作り、尊重する)

「明日のお弁当、おかずはお肉だって。ご飯とパン、どっちがいい?」(これも上と同じ)

「ご飯残してもいいけど、全部食べれたら、ラムネ1個食べれるよ。残すのと全部食べるのとどっちにする?」(ご飯を全部食べて欲しい時によく使う)

「習い事、今年はサッカーとプール、どっちがやりたい?」(運動というジャンルは親が決めて、お試でサッカーとプールをやった結果を子どもに聞きました)

「おこずかい、今200円あるね。今このガチャガチャできるけど、我慢したら明日はキュウレンジャーの300円のガチャガチャができるけどどうする?」(見通しを持たせ、選ばせる)

「このガチャガチャやりたいんだね。でも必ずトーマスが出るとは限らないよ。線路だけ出てくることもあるんだよ。それでもやる?」(失敗した時に責任を持たせる。線路が出てきても学びは大きい)

ざっと思い浮かんだのがこんな感じ。かなりガチャガチャ好きな子ですねww
よかったら参考にしてみて下さい。




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